メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

U-Next31日無料を利用して毎日何を観る? 第13夜〜第17夜 ベルリンやカンヌなど国際映画祭受賞作から。主に家族テーマの映画

U-Nextではお試し無料会員登録で31日間様々な映画を観ることができます。本ブログでは31日間毎夜見るとしたら何を観るかということで書いてきました。

これまで12夜まで書いてきました。

 

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 本記事では、第13夜から第17夜まで、U-Nextで視聴可能な、国際映画祭などでの受賞作を紹介します。キーワードとしては家族、ドイツ映画を入れるしばりで選びました。

 

 

第13夜 『別離』(アスガー・ファルハーディー監督) イラン 2011年 

第61回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞、123分

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作品の前に・・・ベルリン国際映画祭について

先日開かれていた第70回ベルリン国際映画祭では、イランの監督作品『そこに悪はない』が金熊賞を受賞しました(「熊」はベルリンのシンボル動物で、コンペ部門の大賞が金熊賞)。『そこに悪はない』はまだ見られませんが、U-Nextでは過去のベルリン国際映画祭の過去受賞作がいくつか視聴可能です。

ベルリン国際映画祭では社会派ドラマの受賞が多いようです。例えば2016年は、アフリカなどからの難民経由地になっているイタリアのある島を舞台にしたドキュメンタリー的映画が金熊賞受賞しています。これはドキュメンタリータッチの作品で、見ようとしたのですが、話に入っていけず断念。また挑戦しようとは思いますが、少なくとも劇映画として誰でも面白いものではないようです。今年の「そこに悪はない」も反政府的なメッセージが濃厚なようで、テーマ性重視の選考だったとみられています。

 

緊張感の家族ドラマ『別離』

本記事で紹介したい2011年度受賞の『別離』は、社会派作品というよりも、家族ドラマです。小津安二郎の家族映画に社会は描かれていますが、あえて社会派とは言わないように、『別離』からイラン社会の一端や抱える問題は見えてきますが、特段社会派作品ではありません。小津映画には、誰が見ても心に響く部分があり、誰が見ても名作というものが多いですが、それと同じ意味で名作だと言えます。ただ「ほっこり」はできません。

 

この映画では、現実に起こりそうな範囲のことしか起こりません。派手なアクションも、びっくりするような事件も起こりません。しかし、日常起こりうる夫婦の言い争い、ささいだが日常がくずれてしまうような過失が、それをめぐる不安と良心の呵責の描写とともに、リアルな感触で迫ってくるので、途中から一時も目が離せなくなります。「あ、喧嘩になるな、言い争いになるな」というときの独特の鼓動の高鳴りは誰しも少なからず経験があると思いますが、あの感じが始終続いていて、見ているだけで胃が痛くなりそうです。

映画では二つの夫婦(とその子供)が出てきます。二つの夫婦の四人それぞれ行動原理、優先する価値が異なっていることが丁寧に描き出されており、このズレが夫婦内の葛藤、夫婦間の争いにつながっていることが明確に表現されます。

映画では一つの大きな事件が起こります。それに関して登場人物の誰も決定的に悪いわけではないのですが、皆が少なからず責任を感じており、それにどう向き合うべきかを探っています。この向き合い方の違いが興味深いのと、親たちを見ている子供の視線も気になるように作られているので、最後まで観客を離しません。

これは地味ながらすごい映画だと思いました。

 

第14夜 『ありがとうトニ・エルドマン』 (マーレン・アデ監督) ドイツ・オーストリア 2016年 

第29回ヨーロッパ映画賞5部門で受賞、第89回アカデミー外国語映画賞ノミネート、162分

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こちらは親子の映画です。パッケージからは、やさしくほっこりできそうな感じにも見えますが、ほっこりできるのは全体の2パーセントくらいです。いちおうコメディに分類されますが、笑えるコメディではありません。

ヨーロッパ映画賞の作品賞を監督のマーレン・アデは女性監督として初受賞。監督賞、脚本賞、男優賞、女優賞も受賞しています。

コンサルタント会社に勤めていて、ルーマニアでビッグ・プロジェクトを進めている娘の元に、父親が遊びにやってきます。娘といっても30半ばくらいのキャリア・ウーマンです。大きなプレゼンを抱えてピリピリする娘にとって、父の急な来訪は迷惑そのものですが、父は帰ろうとしません。それどころか仕事先に、コメディアンの「トニ・エルドマン」として変装して現れ、娘をげんなりさせます。

 先進国ドイツのコンサル会社が発展途上国ルーマニアのインフラ会社との間にむすぶ共犯関係、コンサル=リストラの仕事による心の荒廃が映画では描かれています。そのような環境で娘が無理をしていると感じた父は、笑えないジョークとともに娘を見守り、また遠回しに介入してきます。

大雑把にいうと、父と過ごすなかで娘も自分の心と向き合うようになるという展開なのですが、娘がヒリヒリして心を閉ざした状態から、娘の心の爆発への転回の勢いがものすごいです。子供にはわからないストーリーや細部の描き方ですが、大人は必見の映画です。

 カンヌ、ベネチア、ベルリンの三大国際映画祭に比べると知られていないものですがヨーロッパ映画祭というのがあって、そこで大賞を受賞しています。またアメリカのアカデミー賞外国語映画賞にノミネートし、ハリウッドでのリメイク計画があります。

 

内容とテーマの考察について前に書いたので、興味があればご覧ください。

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ちなみに監督のマーレン・アデ は2009年の『恋愛社会学のすすめ』ではベルリン国際映画祭の作品賞を受賞。ドイツ映画会で今最も注目すべき監督の一人。

『トニ・エルドマン』がノミネートされたアカデミー外国語映画賞では、上で紹介した『別離』のファルハーディー監督『セールスマン』が受賞。個人的には『トニ・エルドマン』にとらせたいところですが、ファルハーディーならしょうがないかという気もします。

 

第15夜 『名もなきアフリカの地で』(カロリーネ・リンク監督) ドイツ 2001年

第75回アカデミー外国語映画賞受賞、142分

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2000年以降のドイツ映画ではアカデミー外国語映画賞受賞はこの作品と『善き人のためのソナタ』のみ。『善き人』が東ドイツの秘密警察ものということでわりと有名なのに対して、こちらはそれほど話題にならないように思われますが、受賞しただけあってかなりの名作。

日本ではたぶん売り方を間違えたのではないかと思われるパッケージです。「少女がアフリカの広大な自然の中で・・・」みたいな話ではなく、ナチス政権下のドイツからケニアに亡命したユダヤ人一家の話です。シュテファニー・ツヴァイクの自伝的小説が原作。個人的に印象的だったのは次の2点です。

1. ユダヤ人といってもドイツ文化に同化しきったユダヤ人なので、アフリカでドイツを恋しがっている。ケニアでは「主人」の振る舞いをする。

2. 一家の母の情熱がすごく、アフリカで夫とは別の男を愛し、新たな道を突き進んでいく。

 

1については、ユダヤ人ものは、「ホロコーストの悲劇」を知った立場から、過去を再構成しているものが大半ですが、この映画は当時のドイツのユダヤ人について別の姿を提示しています。

2については母のエネルギーがすごいです。肝っ玉母さんとか、自然に親しみ、他者に心開くとかそういう母の姿はここにはありません。一人の女性としてのエネルギーが半端ないです。昔みたので細かい内容は忘れましたが、母がすごかったことは強烈に印象に残っています。

 

なので家族が出てきますが、母個人の突出がすごくて、家族ものという感じはないです。ともかくこの映画は一見、二見の価値ありです。

 

第16夜 『ブリキの太鼓』(フォルカー・シュレンドルフ監督) 西ドイツ 1979年

第52回アカデミー外国語映画賞受賞、第32回カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞受賞、142分

ノーベル賞作家ギュンター・グラスの同名小説の映画化。ドイツ映画で初のアカデミー外国語映画賞受賞作品。カンヌでも受賞と、賞に恵まれた作品。

成長しないことを選んだ少年の視点から見た一家族の歴史ドラマです。戦争やナチスに翻弄されるダンツィヒ(現在ポーランド)の一家族が描かれます。

これは歴史背景を知るとより楽しめる映画です。過去記事で簡単にまとめてありますので、よければご参考にご覧ください。

 

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第17夜 『ロゼッタ』(リュック・ダルデンヌジャン=ピエール・ダルデンヌ監督) ベルギー・フランス 1999年

第52回カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞受賞、93分

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手持ちカメラで長回し、説明らしい説明をしない手法が印象的なダルデンヌ兄弟監督作品。パルム・ドール(作品賞)と女優賞を受賞。

普通の映画と違って、主人公への感情移入・共感を求めない作り。冒頭で職場を解雇される少女が怒りまくっているが、どういう経緯か知らない観客はとても共感・同情できない。しかしカメラが追う以上は何があったのだろうと観客の興味をつなぎ、最後まで見せる。

最初に紹介した『別離』と同じくこれも普通にありそうな話。仕事がないことのつらさ、母親が重荷になるつらさがひしひしと伝わってくる。『別離』のようなプロットによる構成はないが、一人の少女のヒリヒリした焦燥だけで90分引っ張れるのはすごい手腕だと思う。

この映画では、母と娘の関係は最初からほとんど崩壊していて、最後まで再生はない。泥沼に足を引っ張られるようにして、全てがうまくいかない主人公が這いずり回るように、まともな暮らしを求める姿には胸がいたむ。

ベルギーだけにワッフルがたくさん出てくる。ワッフル屋で出会った少年が最後までなんだかんだで優しいのが印象的。

エンタテイメント性はほとんどないですが、興味深く心に残る映画です。

 

以上、全てU-Next会員登録で無料視聴可能です。

カンヌ、ベネチア、ベルリン映画祭の受賞作特集があるので、いろいろ見たい方にはおすすめです。ダルデンヌ兄弟特集もやってます。レンタルでなかったり買うと高かったりするのもけっこう混ざっててお得感あります。