メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

ダークウォーターズ ・・・ズシンとくる映画

ダークウォーターズ 2019年 アメリカ映画

 

アメリカの化学大企業デュポン社がテフロンなどに使われる化学物質PFOAの毒性を知りながらも隠蔽していことを知った弁護士の物語(実話)。監督はグラム・ロックをめぐる映画『ヴェルヴェット・ゴールドマイン』などで知られるトッド・ヘインズ。ものすごい映画だった。あまり広く公開されていないみたいだが、観れる方はぜひ観てとオススメしたい。日本版のDVDなどは未発売。

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この記事では、映画のおすすめポイントを紹介したい。

 

1 まず事実として衝撃的。

・テフロン加工を空焚きするとインコが死ぬという話は割とインコ飼いの間では有名な話らしいが、テフロン製造過程にいた人間がガンなどになったり、奇形児を出産していたりといった事実が裁判を通じて明らかになっていくが、この内容だけでものすごいインパクト。

・テフロンはデュポン社の商標。第二次大戦時に、戦車の防水や原爆の製造過程に使われていたフッ素化合物によるコーティングを家庭用に利用したもの。問題になるフッ素系化合物(映画に出てくるのはPFOA)は「フォーエバーケミカル」とも呼ばれるように、分解されにくいので、超高温の原爆製造過程に利用された。

・人体に入っても分解・排出されない点が特徴。精巣や甲状腺ガン、肝臓、妊娠時の異常などを引き起こす。高濃度で被爆すると、明白に有害らしい。

・映画で出てくるので印象的なのは、最初にデュポンを訴える農場主が飼っていた牛の異変。寒々しい地獄のような風景の農場と相まってものすごいインパクト。

「フォーエバーケミカル」の問題については以下も参照してます。

ここでは「PFAS」となっているように、フッ素系の「フォーエバーケミカル」は多数存在。ブックレットでは米軍の消化装置で使われているものにクローズアップしている。

 

2 ドラマとしての面白さ

実際にデュポンを相手に訴訟したロブ・ビロットが主人公なのだが、元々は企業の側を弁護していてデュポンの協力者だった彼が、事実を目の当たりにする過程でデュポンを訴える側にまわっていく過程が丁寧に描写される。「まさかそんなことがあるはずがない」という最初の印象が変わっていくことが丁寧に描かれる。

ポイントはロブが「田舎」(ここが汚染の舞台)出身であることと、「無名大学出」であること。最初は「正義の人」ではなかった彼が、「他人事ではない」と思っていったことが示唆されている。

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ロブ役はマーク・ラファロ

彼の妻のサラも最初は「まさかそんなことがあるはずがない」という反応で、ロブの変化についていけないが、テフロン加工のフライパンの危険性を知らされるに至って、「他人事ではない」と気づいた瞬間が描かれる。

訴訟の戦略として、デュポン側にも同情ではなく自分も汚染の害を受けるかもしれない「恐怖」を覚えさせろと語られるシーンがあるが、これは映画の観客にも当てはまる。うちのフライパンの「〜加工」は大丈夫なのかと危惧せざるを得ない。フッ素入りの歯磨き粉は大丈夫なのかと心配にならざるを得ない。

 

3 演出の良さ

3-1 スリラー演出。ロブの心理描写は、特にプレッシャーや恐怖に関してはセリフではなく、圧倒的に音や一瞬映る怪しい存在によってなされている。このスリラー演出がいいアクセントになっている。企業相手に闘うことの重圧(殺されるかもしれない)ということが効果的に表現されている。

事実の衝撃と正義の訴え一辺倒だと、エンターテイメントとして成立しなかったかもしれないが、スリラー演出で飽きさせない作りになっている。

3-2 理解者が出てくる演出。ロブは原告となる農場主が最初に現れた時に「狂っている」のかと思うが、事態を知るとともに次第に彼を理解していく。それと同様に、ロブが事実を知らせると、妻や弁護士事務所の上司も理解を示していく。皆、最初から正義や善意の人ではないが、事実を突きつけられると向き合わないといけないという責任に目覚めるという形で描かれている。この描写は、観客にも突きつけられる形になっていて見ていて巻き込まれていく。

感動的なのは、理解者が「狂人」や「失敗者」とみなされている人を弁護して、前に進んでいく過程の描写である。上司がロブを援護するシーンと、訴訟の困難の中で妻が上司に対してロブを弁護するシーンが特に印象的。ロブが10回も転向した子供時代のエピソードがいきなり放り込まれたりするが、それで一気に表現する演出力がすごい。この演出の力で映画はドラマとしてものすごいいいものになっている。

 

妻役は『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイ。本作でも美人で時々無性にエロティックに見える(エロティックなシーンはありません)。

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アン・ハサウェイ

正しい喧嘩よりも楽しいパーティー、社会正義より家庭平和と子供の教育といったある種当たり前の「エゴイスティック」なシーンが彼女に関して描かれるのもアクセントになっている。普通に自分の幸せを願う彼女が、次第に正義の闘いに向かうロブを支えるに至る描写が良い。ロブがくじけそうな時に抱きしめるのを子供が見ているシーンもものすごく良い。

 

あえての難点

あえて難点を言うと、日本人観客には、デュポン側の人や、弁護士事務所の人間の顔の見分けがなかなかつけづらい(笑)。

それぞれ味がある顔をしているだけに、認識できないのがもどかしく思いながら見ていた。この辺が見分けられるとさらに面白く観れそう。

もう一つ難点というか、理解できなかったところとして、冒頭のシーン(若者が汚染された湖で泳ぐシーン)。分かるようだが、スキッと腑に落ちない感じが残る。

 

何れにせよ、観られる機会があったらぜひ観てとおすすめしたい映画でした。