メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

タイトルから何の映画かわからないのが残念・・・『シャトーブリアンからの手紙』(フォルカー・シュレンドルフ監督作)は地味だけどいい映画。アマゾン・プライム、U-Nextなどで視聴可能

シャトーブリアンからの手紙』2011年、フランス・ドイツ映画(テレビ用映画)。ドイツ語原題 „Das Meer am Morgen“(『朝の海』)

フォルカー・シュレンドルフ監督、90分。 

シャトーブリアンからの手紙 [DVD]

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  • 発売日: 2015/05/02
  • メディア: DVD
 

タイトルとパッケージを見ても、いまいち何の映画かよくわからない感じ。最初は昔のフランス人作家のシャトーブリアンの話かと思ったが、鉤十字なのでナチス関連ということはわかる。監督は『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレンドルフ。シュレンドルフは文芸系映画に強いので、これもそうかと予測してみた。最初地味でイマイチかと思ったが、良い映画だった。本記事では、映画のポイントと特色を紹介。

 

 

映画のポイントと内容

・第2次大戦時のドイツ占領下のフランスが舞台で実話の脚色。

・元になった事件:レジスタンスによるドイツ人将校の暗殺の復讐として150人のフランス人が処刑された。段階的に処刑が進むが、てはじめに政治犯共産党員など)が処刑されることになる。

シャトーブリアンは作家でも肉でもなく、地名。シャトーブリアン政治犯収容所があった。

シャトーブリアンの収容所には17歳の少年ギーも混じっていた。ギーが最後に同じく収容所にいたガールフレンドに宛てた手紙がフランスでは、レジスタンス追悼の文脈で有名。

レジスタンス映画では、普通暗殺者などヒーロー性のある人物が主役になるが、この映画では、暗殺の結果報復で処刑される人物たちに焦点があたる。

・また、悪役であるドイツ軍も、特に悪者化されて描かれていない。出てくるドイツ人は、当時のドイツの中でも比較的ニュートラルな職業軍人たちであって、いかにもナチスな人間はでてこない(組織でいうと出てくるのは「国防軍」の軍人であって、ユダヤ人虐殺やコミュニスト弾圧の代名詞のナチス親衛隊やゲシュタポではない)。

・制作は、フランス・ドイツどちらでも放送を行っているテレビ局ARTE。90分ほどのコンパクトさの中に、服従と罪、信念と愛が凝縮されている。

 

特色1 地味な政治犯たちの地味な英雄性 冒頭とラストの対照

演出は地味で、登場人物も地味である。冒頭では収容所の人間たちが楽しそうにスポーツに興じているシーンが映る。収容所といっても絶滅収容所ではなく、普通の収容所で、比較的自由がある。運動会などとても楽しそうで躍動感があるが、一人一人にとりたてて華がない。囚人だから当たり前だが、その後のシーンでもみな地味である。

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映画冒頭部。収容所での運動会。

しかし、いよいよ迫る処刑を前にすると、この一見華のない人物たち一人一人が、それぞれ短いシーンしか与えられないにもかかわらず、粒だった個人として現れてくる。

映画では、彼ら囚人はすでに捕まっており、英雄的な活躍の場はいっさい与えられていない。言ってみれば、ただ処刑場に連れられていくだけなのだが、そのとき彼らが見せる態度は各人各様ながら、それぞれ英雄的と言えるようなものである。

彼らの英雄性は、お涙頂戴的な演出によって押し出されているところもあるように思われるが、それだけではない。

特色2 虐殺を止められない人々の描写

前半の華のなさが一転して輝くように見えるのは、中盤でドイツの軍人とドイツに協力したフランス人らとの処刑をめぐるやりとりが挟まれるからである。

戦後は誰も言いたがらなかったが、フランスはじめヨーロッパ各地には対独協力政府があった。一部はユダヤ人虐殺などにも積極的に協力もしていた(主に東欧)。映画ではフランスの対独協力政府(ペタンを元首とする政権)の描き方も、悪意はこめていないが、その非を示すものである。

対独協力体制を代表する人物として映画に出てくるのはフランス人の副知事である。彼は当然処刑に反対であり、懊悩もみせる。しかし、決定的な反対や、命令の拒絶はできずに行政官としての義務をこなす。

戦後の映画ではナチスの狂気ばかりが強調されるが、当然ドイツでもある程度まともな人間はいた。映画には当時占領軍にいた作家のエルンスト・ユンガーが登場する。彼はフランス文化も愛する教養人であり、それなりに心ある人間として描かれている。

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エルンスト・ユンガー役:ウルリヒ・マテス。マテスは『ヒトラー最後の12日間』でのゲッベルス役が印象的だった役者。ゲッベルス役のときはヤバイ顔をしていた。

副知事やユンガーは意外に良識的でいい人にさえ見える。しかし彼らはそれでも決定的なことにはふみ出せない。彼ら普通の人々の振る舞いと良心が中盤で描かれている。

 

特色3 良心の苦悩<<<<<<<<<<<立派な死

普通の人々の苦悩は観客には十分伝わるように描かれていく。これだけでも観客としては心をえぐられる。だが、処刑リストにのった人々は、良心の痛みでは済まずに、命がかかっている。死を間近にした囚人たちが、自らの信念を悔いることなく振舞う姿を前にすると、良心の苦悩はとても小さく見える。この落差を映画はうまく表現している。

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処刑宣告される囚人たち。

実際に囚人がこんなに立派だったかどうかは知らないが、立派な人も実際いただろう。

この映画で描かれるのは、典型的なレジスタンス映画の単純な英雄性、あるいは絶望の中にある英雄性ではない。英雄的場面をもたないまま死んでいく人間に見出される英雄性である。つまり英雄的場面が出てこないわけだが、心を揺さぶるには十分の映画である。

アマゾン・プライムでもU-Nextでも視聴可能。地味にオススメです。

 

おまけ

フランス語、ドイツ語の原題である「朝の海」はギーの手紙に出てくる。いずれにせよ邦題をつけるのに苦労したことがうかがわれる。

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ギーが真ん中奥。手前は女性収容所にいるオデットで、ギーが好意をもっている。

日本語版ウィキペディアはまだなかった。ドイツ語版の概要部分だけ訳したので参考までに。

 

シャトーブリアンからの手紙』ドイツ語版ウィキペディア

『朝の海』(原題:La Mer à l'aube) はフランス・ドイツ製作のテレビ映画。2011年、フォルカー・シュレンドルフ監督。映画は、ドイツによるフランス占領期の人質銃殺を中心とした史実に基づいている。1941年、ナントで、一人のドイツ人将官レジスタンスによって射殺された。その直後、150人のフランスの捕虜の処刑が国防軍[ドイツの軍隊]によって指示された。シャトーブリアンの虐殺をうけてド・ゴールはシンボリックなゼネストを呼びかけた。5分間に限られたゼネストである。シャトーブリアンの虐殺は、占領期のフランス・レジスタンスを広範に銘記していく文化の始まりにもなった。

 シュレンドルフは、三人のドイツ人と彼らの視点を表現し、処刑の犠牲者とその他のフランス人の視点を対置することによって服従と罪について問うている。三人のドイツ人の一人は、処刑に参加する若い兵士、一人は将校で作家のエルンスト・ユンガー、もうひとりは占領下のフランスでの最高司令官オットー・フォン・シュテュルプナーゲルである。この映画はドキュンタリーを意図するものではない。映画は、当時の出来事を、歴史的次元においてというよりも、心理的次元においてドラマ化している。

 フランスでは、フランスのレジスタンスにおける共産党とペタン政府の役割についてはたいてい直接的には論じられない。このことが映画の背景をなしており、[映画に登場する]副知事はペタン政府の人格化とみていい。映画は、さらに角度を変えて、ギー・モケの別れの手紙という記念碑にもせまっている。

[以下略]