メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

主人公が好きになれないが・・・『僕とカミンスキーの旅』 「盲目の天才画家」と伝記作家のロードムービー(未ソフト化 U-Next視聴)

2015年、ドイツ。原題 „Ich und Kaminski“ (『僕とカミンスキー』)

ヴォルフガング・ベッカー監督、ダニエル・ブリュール、イェスパー・クリステンゼン主演。124分。

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映画チラシ。

2003年に『グッバイ・レーニン』で母親思いの好青年を演じたダニエル・ブリュールと監督のヴォルフガング・ベッカーが12年ぶりにタッグをくんだことでも話題の映画。

 

アート・ジャーナリストのツェルナーが盲目の画家マヌエル・カミンスキーの伝記を書こうとしている話。カミンスキー本人に取材の中で、カミンスキーのかつての恋人探しの旅に出ることになる(ロードムービー風になる)。映画冒頭のカミンスキーの軌跡のまとめで勘違いしかねないが、カミンスキーは架空の画家である(映画ではマティスの弟子でピカソにも認められたことになっている)。

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カミンスキーの晩期作品。カミンスキーは架空の盲目画家で、マティスの弟子という設定。

原作はドイツの小説家ダニエル・ケールマンが2003年に出した同名小説(ドイツでは18万部売り上げのベストセラー作。)。ケールマンの次作『世界の測量』(2005年、ガウスフンボルトの伝記的小説)は世界的ベストセラーに(ドイツでは120万部売れた)。

僕とカミンスキー

僕とカミンスキー

 

 有名作家の小説をスター主演で映画化した本作だが、ドイツでは大ヒットはせず。日本では細々と上映でソフト未発売。U-Nextで視聴可能。

 

主人公ツェルナーが好きになれない

決定的な問題だと思うのが、主人公ツェルナーのキャラクターである。アート業界の嫌なヤツらを出し抜こうとするやや下品な31歳の青年。アーティストを目指して挫折したが、アート業界の周辺部で成功を狙っている。盲目の画家マヌエル・カミンスキーの伝記を書いて、カミンスキーの死のタイミングで売り出そうとしている。

ツェルナーはネタを探しにスイスの山奥に住むカミンスキーに取材に向かう。

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中央:カミンスキー、左:カミンスキーの娘。カミンスキーの娘が契約などの代理人をしている。

 序盤はツェルナーの「下品さ」オンパレード

・車室で乗り合わせた女性を注視しながら、自著の口述録音を開始

・車掌にぞんざいに扱われ、差別的な見方を披露

・インタヴュー相手へのリスペクトが皆無:他人は成功のための手段

・食事の仕方が汚い。マナーがひどい。

・ジョークも下品

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かかりつけ医フェーゲリの名前のダジャレだが・・・食事中である。

ノローグが頻繁に入るが、たいていは悪態で、たまに自画自賛。そして発言にいわゆる深みがない。普通の人以上のコメントは、アートおよびアート業界へのコメントくらいだが、それも特別ではない。

という具合に基本的に残念な主人公である。

 

興味をつなぐ部分

以上のような具合に主人公ツェルナーには残念ながらあまり興味も共感も覚えない(おそらくたいていの観客が)。

観客の興味をつなぐのはカミンスキーをめぐる「真実」である。

・盲目の画家の実際は・・・

・彼を捨てて去ったテレーゼという女性との関係

などカミンスキーの過去。

またインタヴューの中で何人かの老人が語る場面がいくつかあるが、そこは音楽の効果もあって、印象的。

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かつてカミンスキーの絵のモデルだった婦人。

なんとなく見ているとツェルナーの伝記執筆がうまくいくのかもやはり多少気になってくる。 

 

ロードムービー部分 ツェルナーに親近感、カミンスキーの言葉

 カミンスキーにインタヴューするうちに、彼のかつての恋人で消息不明だったテレーゼに会いに行こうという話になり、二人の旅が始まる。ここからしばらくロード・ムービー的な展開になる。

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ロードムービーらしく、変なやつが乗り合わせる。

カミンスキーのわがままにふりまわされ、旅につきもののトラブルで、車がなくなったりするが、なんとか取材を続行しようとするツェルナー。ツェルナーの方でもカミンスキーの目が見えないのをいいことに彼を欺いたりして、ドタバタが続く。

悪態をつきながら人を利用しょうとしているツェルナーには好感をもてなかった。だが、ロードムービー部分では、悪態をつきながらもトラブルを乗り越えて旅を続けようとしているツェルナーが見られる。このあたりでようやく彼に親近感を覚える。

カミンスキーもツェルナーに好意をもつようになるとともに、ツェルナーに過去や人生について語り出す。

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旅の途上での二人。

カミンスキーの話は箴言めいたものが多く、なかなか面白い。すべてを失っていくツェルナーにカミンスキーがかける禅問答めいた言葉は印象的である。

旅が徒労に終わったときにまた走り出すところもよい。 

全体を通して見ると・・・

冒頭で主人公への共感や強い興味を観客に呼び起こして、話を展開するのが物語の定石だとすると、この映画は定石を踏めていない。定石からはずれて何か特別な効果があったかというとそれも疑わしい。なので、けっこう多くの観客が前半で興味がなくなって、それで評価も下がっていると思う。

章立てされていて各章のはじまりが絵画化するのは良かったと思う。画面も色鮮やかでよい。

ロードムービー部分でカミンスキーと二人になってからのやり取りは面白いところも多い。なので前半我慢してついていければ最後の方はけっこういい印象で終わる。

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ロードムービー部では車、列車で移動。

とはいえ全体としてはやや残念な出来である。また、気になるのがギャグの下品さである。悪態やいかにもな下ネタにおわるものが多く、鼻じろむ。『グッバイ・レーニン』でも性的なジョークの下品さがしばしば見られたが、あちらでは主人公の若さとひたむきさがあったからあまり気にならなかったし、アクセントになっていた。残念ながら、こちらではダニエル・ブリュールは中年とまではいかないが、もうそれほど若くもなく、下品なことを言うと本当に下品に聞こえてしまう。彼には爽やかな役か内省的な方が似合うように思った。『コッホ先生』は適役だった。

 

callmts.hatenablog.com

 

 

以上、個人的には多少期待したぶんガッカリもしましたが、全然ダメとまではいかないので、興味があれば見られるうちにどうぞ。

 

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