メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

男の二人旅、音楽最高、モザイク少々。長いが見る価値大。『さすらい』ヴィム・ヴェンダース「ロードムービー3部作」第3作 

『さすらい』1976年、西ドイツ。

ヴィム。ヴェンダース監督、リュディガー・フォーグラー、ハンス・ツィシュラー主演。175分。

さすらい [DVD]

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  • 発売日: 2008/01/23
  • メディア: DVD
 

 

ヴィム・ヴェンダースの「ロードムービー3部作」の3作目。カンヌ映画祭の批評家連盟賞受賞で批評家からは3作中一番評価が高いと思われる作品。制作費73万800マルク(1976年当時8700万円、現在だと3億5000万円くらい)。1975年の6月から11週間で撮影された。

https://de.wikipedia.org/wiki/Im_Lauf_der_Zeit

 

本記事では映画の個人的感想とポイントの考察を書きます。ネタバレというほどのネタがあるタイプの映画ではないですが、内容自体の紹介はあまりしません。

 

 

白黒、音楽良い、モザイクありの、ロードムービーらしいロードムービー

画面は白黒、音楽はドイツのバンドImproved Sound Limitedが担当した哀愁のブルース・ロック。二つの決め曲が琴線に触れる。二人の男が東西ドイツの国境付近をさすらう映画。二人ともそれほど若くはなく、すでに「挫折」を経た後の人間。その二人が今や廃れつつある地方の映画館を回っていく旅が3時間近く続けられる。

正直削ってもいいように思うシーンもあるが、いいシーンがたくさんある映画。演技もよいし、風景や小物もよい。チンコなどが出ていたり普通の映画には入らないシーンも込みで、全体にゆったりと進む。激しいシーンはないが、モザイクがかかるシーンはいずれも笑ってしまう。

主人公が運転する引っ越し用トラックが印象的で、ロードムービーらしい車のショットを楽しめる。ロードムービー3部作では一番ロードムービーらしい。旅の目的もよくわからないままに、地方映画巡業していく様とその中での二人が描かれていく。

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ブルーノのクルマ。前部にUMZUGEと書いてあるが「引っ越し」の意味。この引っ越し用トラックで寝泊まりしている。

 

音楽以外は演出少なめだが、わりとストレートにセンチメンタルな映画

「こんなシーンですよ!」という演出は少ない。特に小難しい内容ではないが、男二人のやりとり・演技は、しぐさをふくめてけっこう細かい。たとえば冒頭で相棒になるローベルトが目をつぶって運転して湖につっこむなどアホなことをしているが、これもぼーっとしてみていると何が起こっているかわからない可能性もある。わりとじっくり見る必要がある映画で、時間も長いので要体力。あるいはなんとなく2時間半見る時間のある暇が必要。いずれにせよ、2、30分に一度くらいとても美しいシーンがあるので、最後まで見れてしまう映画。

男達の挫折にまつわるセンチメンタルな部分は割合ストレートに表現され、音楽もそれに寄り添う。長くてやや冗長な感じもあるが、そのストレートなセンチメンタルさのために人気があるのではないかと思われる。

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機材の不調で上映できないときの即興影絵劇。映画前半のとてもいいシーンの一つ。

俳優

主演は前2作に引き続き、リュディガー・フォーグラー。ブルーノ・ヴィンターという名のさすらいの映写技師役。ヴィンターという苗字は『都会のアリス』の主人公フィリップ・ヴィンターと一緒。彼の「それから」という感じもしないでもないが、特に関連付けられたりはしない。豪胆そうだが、そんなに強気でもないところが魅力のキャラクター。

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リュディガー・フォーグラー演じるブルーノ。映写用機材などを積んだ引っ越し用トラックで暮らしている。前半はトラックの描写が楽しい。

旅の相棒役のもう一人の主人公ローベルト・ランダー役はハンス・ツィシュラーが演じる。妻と別れてヤケになっていたところ、ブルーノと出会い、行動をともにする。アウトサイダーなニヒルさとナイーブさが同居した感じが魅力。

 

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ローベルトを演じるのはハンス・ツィシュラー。ローベルトは発達心理・言語研究者らしいが、演じたツィシュラーもフランス哲学の講師・翻訳者から脚本家・俳優へ転じたインテリ。

タイトルとテーマ 時の流れの中での男たちと映画

映画の原題 „Im Lauf der Zeit“は直訳すると「時の流れの中で」。「時が経つうちに」、「やがて」といった意味で普通に使われる語句。

このタイトルは、内容的には、二人の男が時の流れの中で、過去と向き合い、また新しく変わろうとしていくという動きを示している。

また、映画の冒頭とラストは、テレビなどの登場で、すたれゆく地方映画館主とブルーノの会話になっており、映画というメディアの時の流れの中での変化を示唆している。

映画についてのノスタルジー的な部分や、ラストでの館主の「最近の映画は・・・」的な説教調の部分は、やや鼻白むところもあるかもしれない。いずれにせよブルーノが地方の映画館を回る映写技師という設定は、彼の時代からのはずれっぷりと連動していて、成功している。

 

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説教的、時代批判的部分はおくとして、映画の歴史、映写機材などの描写はそれ自体とても興味深い。

音楽

ヴェンダース監督の他のロードムービー二作(およびそれ以前の作品)でも音楽は印象的だったが、本作は、音楽が明らかに泣かせる方向で使われている。音楽はドイツのバンドImproved Sound Limitedが担当している。タイトルから劇中、ラストまで、ブルース・ロックがとても効果的に流れてくるのだが、テーマ曲が流れてトラックが走っているとそれだけでグッとくるものがある。

個人的には、一部センチメンタル過剰、哀愁きつすぎでついていけない部分(妻に死なれた男の場面)もあったが、メインの曲はとにかく良くて、見た後はしばらく脳内で鳴り続けるだろう。

 

脱落男たちの映画

前2作と違うのが、男二人の旅という点である。ちょっと性格も出自も違う二人がひょんなことから一緒の旅をするというわりとオーソドックスな設定。二人の関係はけっこう繊細なところもあって面白い。お互い黙って見ている部分と、つい喧嘩になる部分と、語り合いになる部分のバランスも見ていてあきない。

彼らが女性とのつきあいでの不全感について語り合う(二人の意見は違う)など、全体にマッチョではない。マッチョ路線から脱落した男たちの話(最近の感じからすると十分男男しているが)。ただ語り合いの内容は好み・理解が分かれると思う。個人的にはあんまりピンとこないとこも多かったが、脱落者の哀愁感と、子供に優しいところは好感度高い。

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トラック正面からの二人。二人はけっこう繊細なことで喧嘩する。

 

ともかく一見の価値ありの映画です。DVDを買うと高いですが、U-Nextだと無料会員登録で見られます。

 

その他こまかい話

・『都会のアリス』でアリスの母親役を演じたリーザ・クロイツァーが映画館の切符売り役で出演。綺麗可愛い。

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クロイツァーは『都会のアリス』より若い印象の役づくり。

・途中出てくるバイクもかっこいい。

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サイドカー付きでかっこいいバイク。ここもいいシーン。
宮崎駿への影響?

 日本語版Wikipedia宮崎駿のルパン作品(『カリオストロの城』『死の翼アルバトロス』)への影響が言及されている。岡田斗司夫によると宮崎駿は貧乏くさいルパンを好んだらしく、そのあたりはたしかに通じるものがあるが、具体的な影響関係はあまり感じられない。ググった範囲では明確な根拠や宮崎駿の言及は出てこなかったが、おそらく当時見ていて「『さすらい』がよかった」くらいのことはどこかで言っているのかと推測される。