メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

落ち着きどころがないままの『まわり道』・・・ヴェンダースの「ロード・ムービー3部作」2作目。ナスターシャ・キンスキーの微妙にコケティッシュな雰囲気

『まわり道』1975年。原題 „Falsche Bewegung“ (『間違った動き』)

 ヴィム・ヴェンダース監督、リュディガー・フォーグラー主演、103分。

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作品情報 前後のヴェンダース作品との関連

ヴィム・ヴェンダースの俗にいう「ロードムービー3部作」の2作目。

 

前作『都会のアリス』とは違ってカラー。カラーだが、全体に灰色の空が多く、雰囲気は前作よりむしろ暗い。音楽もテーマが不穏な響き。

主人公を演じるのは前作同様リュディガー・フォーグラーで、本作では作家志望の青年ヴィルヘルムを演じている。小説を書くための経験の旅に出た彼が、途中知り合った人物たちと連れ立ってさすらっていく。

 

原作は1972年の『ゴールキーパーの不安』と同じくペーター・ハントケハントケは映画の脚本も担当している。

 

制作費は620000ドイツマルク

https://ja.wikipedia.org/wiki/まわり道

1975年当時でおよそ7500万円、で消費者物価だと当時から4倍くらいあがっているので、現在だと3億円くらいにあたる。めちゃめちゃ低予算というわけではない映画。

 

本記事では、ネタバレなどはあまりないよう、内容にはあまり踏み込まずに、作品の特徴やポイントを紹介します。

 

主要人物 

主人公ヴィルヘルム

作家志望の青年。母親が商店を所有しているなど多少財産のある中産階級の息子。作家業の糧とするため旅に出る。北ドイツの都市グリュックシュタットからハンブルクを経て、ボンへと向かう。途中知り合った道連れたちと共に旅する。

 

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主役は『都会のアリス』に続いてリュディガー・フォーグラー。今作での役は冷めた目で世界を観察する青年。

テレーゼ

女優。ハンブルクの乗り換え時にヴィルヘルムと目があう。ボンで合流して一緒に旅をすることに。

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テレーゼを演じるのはハンナ・シグラ。シグラはヴェンダース同様「ニュー・ジャーマン・シネマ」の旗手だったファスビンダー監督作品の常連。

老人ラエルテスと少女ミニヨン

老人は路上歌手、ミニヨンは10台前半の少女で大道芸をしている。ミニヨンはしゃべらない。老人は列車でヴィルヘルムと知り合い、彼に乗車券をおごらせたりホテルをおごらせたりする。よく言うセリフは「訳は後で話そう」。ヴィルヘルムはそれも一興というように、彼らを連れて歩く。

 

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左:ミニヨン、右:ラエルテス。ミニヨンを演じるのは怪優クラウス・キンスキーの娘ナスターシャ。ラエルテスは『緋文字』にも出演したハンス・クリスティアン・ブレヒ。

そのほか、へぼ詩人のランダウも加わり旅はすすむ。 

現代版教養小説=自己形成不全の示唆

『まわり道』が下敷きとしているのは、ゲーテ教養小説『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』で、上で挙げた四人はゲーテの小説でも同名の似た人物が出てくる。

ゲーテの小説は、教養小説=ビルドゥングスロマーンである。教養=ビルドゥングとは人格形成のことである。主人公が様々な経験を積み人々と関わることで、自分のすすむべき道を知っていくという展開であり、ゲーテのこの作品以来ドイツの小説の一ジャンルとなっている。

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『ヴィルヘルム・マイスター』同様、『まわり道』のヴィルヘルムは仲間とともに教養形成の旅をする。しかし、ゲーテ作品とは違って、ヴィルヘルムはいわば「間違った運動」をするばかりで、個人の人格形成による人生行路の発見といった物語が現代においては機能していないことを示している。

 

交流不全の描写

詩人ランダウは積極的に自身の詩を披露し、宿を借りることになった別荘主も必要以上に自己を開示し、自説を開陳するが、彼らの語りはほとんど独白として消えていく。ヴィルヘルムは世界を眺めるが世界に開かれてはおらず、それゆえに『まわり道』にはゲーテにあったような魂の交流と「真実」の発見がない。

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宿を貸してくれた紳士は必要以上に語りたがる。

ヒリヒリするでもなく、ほっとするでもなく、大きな波乱もないままに、あてどなく旅は進み、映画は終わっていく。

前作『都会のアリス』のラストもそうだったが、映画の終わりは主人公の人生にとってとりたてて大きな区切りではない。前作は明るめの転換点に見えたが、今作は特に暗い訳ではないが、明るくはない終わりである。テーマ音楽の不穏な響きが落ち着かないままに消えていくように、物語も大きな着地点なしに放り出されていく。

その他特徴的な点、まとめ

個人的には『都会のアリス』にあったような感動はなかったが、面白い要素はけっこう多い作品だった。

・老人ラエルテスを演じる俳優ブレヒのいんちきくささと、彼のハーモニカが入るタイミングがよい。

・この映画ではテレーゼ役のシグラをはじめ、へぼ詩人ランダウを演じたペーター・ケルンなどファスビンダーの映画でよく見る俳優が登場している。ケルンは同年の『自由の代償』でも同じようなとぼけた間抜けの雰囲気で面白い。

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ランダウ役:ペーター・ケルン。ケルンはオーストリアの俳優。

・主演のリュディガー・フォーグラーは、どちらかというと緩めのキャラの方が愛嬌があって良いように思う。本作の青年はあまり近づきたくないタイプの人間。

ロードムービー3部作の中では一つだけカラーということもあり、やや異色。落ち着かない雰囲気は、同じくペーター・ハントケが原作の『ゴールキーパーの不安』にむしろ近い印象。

・ 車に乗っている印象が弱く、わりと歩いているシーンが多い。移動感は、ロードムービーとしてはそんなにない。

・ミニヨンの妖しげな魅力:これは『アリス』にはなかった要素。この作品で映画デビューしたナターシャ・キンスキーが、少女のコケティッシュな微笑をみせている。最近だと問題になりそうなシーンもあり。

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ミニヨンは終始しゃべらない。芸はほどほどに達者。服装は何パターンかあって、どれも印象的。

 

画面の基調は季節(おそらく秋から冬)もあってやや暗めだが、ミニヨンの色彩がその分際立つ。

 

U-Nextで無料視聴可能です。