メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

ヒトラー暗殺を企てた家具職人の人生 『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

ヒトラー暗殺、13分の誤算』

2015年ドイツ映画 原題 „Elser“

オリヴァー・ヒルシュピーゲル監督

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第二次大戦開戦初期のヒトラー暗殺未遂事件の犯人=反ナチ闘士ゲオルク・エルザーについての映画。

 

暗殺事件前後の背景

1939年、ナチス・ドイツポーランドに侵攻し、ソ連との協定もあってポーランド西部を占領した。ヒトラー軍需産業に多大な財政投資を行い、完全雇用を達成していたが、この人々が無謀な戦争へと総動員されるとしたら、とんでもないことになる・・・この映画の主人公である家具職人ゲオルク・エルザーはそうした判断のもと、ヒトラーの暗殺を計画する。ヒトラーが演説するビア・ホールに通い、時計の中に時限爆弾をしかける。しかし、天候のせいで、演説が早く切り上げられ、爆発時刻にはヒトラーは去っていた・・・

 

ヒルシュピーゲル監督の「回想」趣味?

エルザーは一時期コミュニストでもあったが、暗殺計画には党派性はなく、完全に個人の判断でひとり計画を進めた点が興味深い人物である。映画が彼個人に焦点をあてているのは面白い。

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UFO番組的ヒトラー・ハンティング 『ヒトラーを追跡せよ 浮かび上がった亡命説』

ヒトラーを追跡せよ』2015年アメリ

原題 “Hunting Hitler“ ヒストリーチャンネルで放映

現在アマゾンプライムビデオで視聴可能

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www.amazon.co.jp

 

アマゾンプライムでの番組紹介

2014年にFBIが機密解除した700ページ以上の文書。そこには、第二次世界大戦ナチス政権崩壊後もアドルフ・ヒトラーが生存し続け、南米へ逃亡した可能性があることが記されている。新たに発見された手がかりや最新技術を駆使して、ナチス帝国崩壊後のヒトラーの足取りを辿ってゆく。

 

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捜査チームの中心:ボブ・ベーア 番組ホームページより https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000003963.html



全編MMRのノリで展開されるヒトラー逃亡説

ヒトラーを追跡せよ』の第1話ではだいたいこういう話が展開される。

 

ヒトラーの死体が厳密に確認されたとは言い切れない」「スターリンも死体についてぼかしていた」・・・「ヒトラーは逃亡していたのではないか」、「実際FBIでヒトラーの逃亡を仮定して捜査していた」→ 「FBIが探していたということは探すに価するものがあった」「アルゼンチンなどで多くの目撃証言がある」。「やはり、逃亡していたと考えて捜査すべきだ」云々。

 

ヒトラーを追跡せよ』にみられる話の展開は基本的にMMRの論理である。

MMRとは『週刊少年マガジン』連載の漫画である。少年向けのライトな『ムー』である。

 

 

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女同士の愛憎舞台が示す普遍性 『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』 1972年、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品

1972年、西ドイツ映画 原題 „Die bitteren Tränen der Petra von Kant

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督、マーギット・カーステンゼン、ハンナ・シグラ主演

 

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ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ファスビンダーは自身同性愛者だったが、彼が同性愛を初めて扱った作品。 ファスビンダーはもともと劇団も率いて戯曲を上演しており、『ペトラ・フォン・カント』も舞台が先にあった。

 

映画もほぼ全編を通じて、主人公のペトラの家で撮られる。

登場人物も少ない。画面に出てくるのは全員女性。以下、登場順に紹介

・ペトラ・フォン・カント:成功したデザイナー、離婚している。子供は寄宿舎で暮らしている。フォンは貴族の称号。 

マレーネ:ペトラの助手 劇中通して無言。お茶入れからデッサンまでペトラの雑用をすべてこなす。

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前:ペトラ 後ろ:マレーネ
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ドイツ映画『犯罪 幸運』 二人の恋人の「法外」の「幸福」 ドーリス・デリエ監督作品

『犯罪「幸運」』

2012年ドイツ映画 原題 „Glück“ (幸運)  

監督ドーリス・デリエ、主演アルバ・ローアバハー、ヴィンツェンツ・キーファー

 

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パッケージを見て、ドイツ映画ということで昔レンタルで借りて見た。今回アマゾン・プライムで見返してみた。監督は日本通としても有名なドーリス・デリエ樹木希林の遺作となった『命短し恋せよ乙女』を撮ったことでも知られる。

 

原作はフェルディナンド・フォン・シーラッハの小説集『犯罪』中の「幸運」。

シーラッハは弁護士が本業で『犯罪』で作家デビュー。日本でもこれが知られていたため、タイトルに「犯罪」が入ったのかと思われる。

 

ベルリンに不法滞在する街娼イリーナとホームレスのカッレの恋 

イリーナ(アルバ・ローアバハー)は、故郷で両親と羊を飼って幸せに暮らしていた。しかし、内戦が勃発。両親を殺害され、自身も兵士たちにレイプされ、故郷を逃れ、ベルリンへとたどり着く。難民として認定されてはおらず、街娼をして安ホテル暮らしをしている。

ある日、路上で犬を連れたホームレスの若者カッレ(ヴィンセンツ・キーファー)と声を交わし、次第に二人は惹かれ合います。イリーナがおそらく街娼仲間のツテで、住居兼仕事場を借りて、二人は一緒に暮らし出す。社会の外部へとはじき出された二人が、幸せを得たと思ったそのときに・・・というのが3分の2くらいまでのあらすじ。

 

主演のアルバ・ローアバハーが美しく可愛らしい。元来は普通のしっかりした女性が、街娼をする際はきっちりとわかりやすい格好で切り替えている感じもよくでている。

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Alba Roahbacher イタリア生まれ、母がイタリア人、父がドイツ人

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左:Kalle役 Vinzenz Kiefer  右:イリーナ娼婦スタイル
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デンマーク・ドイツ映画『ヒトラーの忘れもの』−−ナチス・ドイツの残した地雷を処理する少年兵たち 「人道的」というよりも「外交的」な名作 

ヒトラーの忘れもの』

2015年、デンマーク・ドイツ映画 ドイツ語タイトル „Unter dem Sand-- Das Versprechen der Freiheit“ (砂の下−−自由の約束)

マーティン・ツァントヴィレト監督、ローランド・メラー主演 (デンマークの監督、俳優)

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邦題の「忘れもの」はナチス・ドイツが連合軍上陸に備えてデンマークの海岸に設置した莫大な数の地雷のこと。

背景がわからないとやや理解が難しいところがあるかもしれないが、どの観客にも強い印象を残し、考えさせる良作。

 

映画のみどころ

この映画の意義は、まずはこの地雷処理の緊張感を画面を通してとはいえ伝える点にあると言える。地雷処理がどんなものなのか、この映画を見るまで知らなかったが、少し手がすべると爆死するかもしれないという緊張感は十二分に伝わる。人間の感情の「地雷」を踏むかもしれないというだけでもビクビクしてしまうが、それどころの騒ぎではない。

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一歩間違うと爆死。


 

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地面の地雷を数センチごとに探索していく。

背景:第二次大戦時のデンマークナチス・ドイツの関係

ドイツとデンマークは隣国で貿易が盛んであり、ナチス時代もデンマークとドイツは関係が悪くなかった。第二次大戦際中は、ドイツがノルウェーへと侵攻するために、デンマークに進軍しているが、デンマークの独立は保たれていた。

 

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デンマークへの進軍

敗戦までドイツ軍が進駐していたが、映画で問題になるのは、その際にドイツ軍が設置した莫大な地雷である。連合国の上陸が懸念されるようになると、対人地雷、対戦車地雷を数多く設置し、それを残したまま、戦争が終わる。

 

 

 

映画のポイントーー「復讐行為」を子供に向けていいのか?

主人公はデンマーク軍のラスムスン軍曹と、彼の指揮下に地雷除去にあたったナチス・ドイツの少年兵たち(当初14名)。

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ラスムスン軍曹と少年兵たち 

ラスムスンが、激しい感情もむきだしにドイツ兵にきつくあたるシーンから映画ははじまる。デンマーク軍では、これまでの我慢もあって、ナチスが残した負の遺産ナチスに処理させるのが当然とばかりに彼らに地雷処理を進めさせた。

ここがまず一つ目のポイントになるが、これは敵国捕虜の強制労働であって、元来国際条約違反である。感情的にはデンマークの復讐行為として理解できるものの、ナチスの非道に比すならきわめて小さいとはいえ、褒められることではない。とはいえ、多くの国がやったことであり、それだけなら「まあわかる」。問題は、地雷処理を少年兵にまでやらせた点である。

 

ラスムスン軍曹は少年兵たちに当初厳しくあたっていたが、接するうちに次第に情もわいていく。わずかなセリフにおいてではあるが、少年兵たちに地雷処理をさせることへの罪悪感をはっきりと示している。

ナチス・ドイツが少年兵を動員していることがそもそも悪いとはいえ、彼らはまだ母の名を叫ぶような子供であり、戦争へと向かわせたのは彼ら少年兵ではない。ナチスだからといって彼らに責任を求めるのはおかしいという感情をラスムスン軍曹はみせる。

 

ラスムスンは上記の国際条約違反だったり、例えば「人権」に言及することはないが、少年兵に地雷処理をさせるのは、間違っていると感じており、次第に少年兵たちに情をもって接するようになり、親しさを増していく。

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皆でサッカーをしたあと。

 

以下ネタバレ度が増していきます。

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オススメ作品 ドイツ映画『希望の灯り』 スーパーマーケットの従業員たちが、二時間観客の目を引き付ける

2018年、ドイツ映画。 原題は„In den Gängen“(通路にて)

原作は旧東ドイツ出身のクレメンス・マイヤーの短編小説「通路にて」

監督トーマス・シュトゥーバー、主演フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー

 

 

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旧東ドイツに位置するライプツィヒ近郊のスーパーマーケットが舞台。在庫管理係の新人で無口なクリスティアンを中心に、教育係のブルーノ、菓子部門勤務のマリオンらとの間に起こる交流を淡々と描いていく。

 

マリオン役は『ありがとうトニ・エルドマン』主演のザンドラ・ヒュラー出演

主演のフランツ・ロゴフスキは本作でドイツの各映画賞を受賞。

 

 

本記事では、ネタバレにならない程度に内容と映画の見どころを紹介します。

 

原作との「語り」の違い

原作「通路にて」は主人公が語り手の一人称小説で、「ハト」のエピソードから始まり、なぜスーパーで働き出したが語られていく。 一言でいうと、自分語りをして色々と説明してくれる小説である。

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス)

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これに対して映画では、この若い新人は最初ほとんどしゃべらず、映画の画面からも若い無口な暗めの青年である印象を得るのみである。観客は何も説明らしい説明をされないが、次第に何か過去にあるということがほのめかされ、「過去」と彼の素性への注意を否応なしに集めていく。

 

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左:クリスティアン 右:ブルーノ
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「独裁」の実験 『ザ・ウェイヴ』(ドイツ映画) スリラー好きでない人にむしろオススメ

 2008年ドイツ映画

原題„Die Welle“ (波)

 

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「サード・ウェイヴ実験」をモティーフにしたジュニア小説が原作。「サード・ウェイヴ実験」は、ハイ・スクールの世界史の教師が、「なぜドイツ人がナチズムを受け入れることができたのか」を生徒に行った実験。1971年のスタンフォード囚人実験と並んで、その筋では有名な話である。原作は翻訳あり。

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