ヒトラー暗殺を企てた家具職人の人生 『ヒトラー暗殺、13分の誤算』
『ヒトラー暗殺、13分の誤算』
2015年ドイツ映画 原題 „Elser“
第二次大戦開戦初期のヒトラー暗殺未遂事件の犯人=反ナチ闘士ゲオルク・エルザーについての映画。
暗殺事件前後の背景
1939年、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻し、ソ連との協定もあってポーランド西部を占領した。ヒトラーは軍需産業に多大な財政投資を行い、完全雇用を達成していたが、この人々が無謀な戦争へと総動員されるとしたら、とんでもないことになる・・・この映画の主人公である家具職人ゲオルク・エルザーはそうした判断のもと、ヒトラーの暗殺を計画する。ヒトラーが演説するビア・ホールに通い、時計の中に時限爆弾をしかける。しかし、天候のせいで、演説が早く切り上げられ、爆発時刻にはヒトラーは去っていた・・・
エルザーは一時期コミュニストでもあったが、暗殺計画には党派性はなく、完全に個人の判断でひとり計画を進めた点が興味深い人物である。映画が彼個人に焦点をあてているのは面白い。
監督は『エス』『ヒトラー最後の12日間』がよく知られるオリヴァー・ヒルシュピーゲルである。『エス』はスタンフォード監獄実験−−被験者を囚人と看守にグループ分けし、看守に権威を与えると、とんでもないことになった・・・という実験−−−−をモデルとした映画だったが、本篇とは別に、なぜか主人公の恋人との回想が無駄に入っているのも印象的だった。見たときはB級映画だから変なイメージ映像を入れたのかと思っていた。
『ヒトラー暗殺・・・』での回想シーン
今回の『ヒトラー暗殺・・・』に関しては、暗殺未遂は冒頭でまとめられるので、主人公エルザーの回想がむしろ映画の本体である。暗殺事件に焦点をあてるのであれば、当時の状況やエルザーの思想的背景に時間をさくだろうところを、この映画はかつての恋愛、ナチスの登場にともなう故郷の村の変化に時間を使っている。『エス』での回想シーンは完全に余計だったが、この映画での回想は、ヒトラー暗殺計画者となった一人の若者の半生を示しており、忘れがたい印象を与えている。妙に綺麗な湖でのシーンが印象的である。原題はElserで彼個人に焦点をあてることを宣言しているので、矛盾はない。
映画はエルザーをイデオロギーとは別に自分の判断から行動に出た人物として描いていると思うが、そういう人物は実際魅力的である。イデオロギーとしての思想ではなく、個人の生きた思想が彼を動かしている。
もし暗殺が成功していたら・・・
映画ではエルザーへの政治的評価はされていないが、もし暗殺が成功していたら、莫大な被害をもたらす独ソ戦も収容所でのユダヤ人を始めとする虐殺も、もしかしたらとまっていたかもしれない、と考えると、エルザーは歴史の英雄になりえた人物である。
ただ、その場合は暗殺によって歴史を変えた人物として英雄になるわけである。英雄になってはじめて、その青春にも注目されることになる。おそらく監督の中ではエルザーはすでに失敗した英雄となっていたのだろう。だから、このエルザーという一人の若者の人生に焦点をあてたのだろう。あるいは英雄にならなかったとしても何かを成し遂げようとした者の生には見るべきものがあるということを示そうとしているのだろうか。
観客の期待とは若干ずれているかもしれない映画ではあるが、ズレているがゆえにか、妙に印象深い映画ではある。興味があれば是非。