『顔のないヒトラーたち』・・・アウシュヴィッツ裁判の前史を描く。「死の天使」メンゲレなどのネタや色気もとりいれ、バランスのとれた良作。
2014年、ドイツ映画。原題 „Im Labyrinth des Schweigens“ (『沈黙の迷宮の中で』)
ジュリオ・リッチャレッリ監督、出演:アレクサンダー・フェーリング、アンドレ・シマンスキ、フリーデリーケ・ベヒト。
映画概要
戦後西ドイツ、1963年のフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判が開かれるまでの過程を描く。実在の人物とフィクションの人物がバランスよく組み合わされている。主演は『ゲーテの恋』で若きゲーテを演じたアレクサンダー・フェーリング。
あらすじ
フランクフルト地方検察の若い検事ヨハン・ラートマン(ラドマン)は、新聞記者グニークラが「アウシュヴィッツで働いた元SSが教師をしている」と騒いでいるのに気をとめる。ラートマンは調査の過程で、アウシュヴィッツが「絶滅収容所」だったことを知る。彼はアウシュヴィッツで務めたSS隊員たちの犯罪追求の使命を抱く。上司のフリッツ・バウアーとも協力しラートマンは奔走するが・・・
映画の背景、特徴
アウシュヴィッツ裁判を主導したのは、映画にも出てくるフリッツ・バウアーである。バウアーに関してはアウシュヴィッツへのユダヤ人移送を行っていたアードルフ・アイヒマンを秘密裏に調査し、逮捕に協力したことでも有名で、バウアーについての映画も多数撮られている。
アウシュヴィッツ裁判ということであればバウアーを主役にすえそうなものだが、バウアーの若い部下を主役にしたところがまずこの映画のポイントである。主人公ヨハン・ラートマンはバウアーがアイヒマン捜査をしていることも、アウシュヴィッツで何があったのかも知らない若い検事である。。この過去も世間も知らない若者を主役にしたことで、「過去」や隠された事実を知らなかった若い世代が父世代の罪を次第に痛感していく過程を描くことに成功している。
写真 本作のバウアーは、主人公のメンター役。本物にあまり似ていないが、知的で倫理的なだけでなくカッコよくしたかったのだろう。
ナチス戦犯としては、小学校教師をはじめとした具体的な人物が現れる。大物ではアイヒマンではなく、「死の天使」ヨーゼフ・メンゲレ(アウシュヴィッツでの人体実験、特に双子に対する実験で悪名高い)に焦点をあてたことで、地味な法廷劇になることを避けている。
一般ナチス党員の罪意識だけでなく収容所生存者の罪意識にも触れたり、過去の追求が大いに人を傷つけることなども描くなど多面的な描き方になっているので、アウシュヴィッツにまつわる問題について、観客が多くの視点から理解できるようになっているのも良い点である。
鍵をにぎる記者役は、冒頭から大活躍。収容所生存者などの脇役がいい。特に、最初は非協力的だった同僚役が地味にアクセントになっていてよい。
主人公の人物像はバウアーの部下だった検事3人のキャラクターをミックスして作られたとのこと。日記などが、利用されている。主人公の相手役はドラマのためのフィクションだが、彼女を入れたことはテーマを深める上でも効果的だった。本筋とは無用のベッド・シーンも加えて、色気を足すことも可能になっている。
本作はU-Nextで見放題。
関連作
アウシュヴィッツ裁判を主導したフリッツ・バウアーを主役に据えた映画も、やや硬めだが面白いので興味があれば是非。アマゾン・プライム会員だと二本無料視聴できるものがある。本作から見ておいたほうが理解しやすい。