ゲイの「狂王」の「憧れ」の美しさ 『ルートヴィヒ』 ドイツ名物ノイシュヴアンシュタイン城へ行く前に見る映画
原題 „Ludwig II.“ ルートヴィヒ2世
2012年、ドイツ映画
バイエルン王ルートヴィヒ2世。ディズニーランド城のモデルとして有名なドイツの観光名所ノイシュヴァンシュタイン城を建てた。
時代は19世紀後半、ドイツが近代国家としての統一に向かい、民主主義の動きまで現れるへ中で、彼の王位は時代に取り残された権威になってしまう。セクシャリティーの問題もあって彼の結婚は不幸であり、個人としても王としても望み叶わず、芸術の世界に理想を求めていく。ワーグナーに魅惑され、夢想に耽美する彼は、夢の城の建設ために散財し、時代錯誤な「狂王」と呼ばれ、最後は謎の死を遂げた。
「憧れ」のはかなさ、愚かさ、そして美しさ
映画はこうした過程を過不足なく描き出す。その際に焦点があたるのは、彼の純粋なまでの「憧れ」がたどる経緯である。白鳥のモティーフなど具象的なものと彼の運命を結ぶ手法が成功している。少女漫画のような設定だが、大変切ない。歴史映画としてのスケールは十分で、ワーグナーとの交流や時代錯誤に陥った彼個人の必然性がわかるようにつくられている。客観的には迷惑な夢想家でしかない「狂王」だったが、彼個人が夢を追った理由は観客にわかる。「憧れ」のはかなさ、おろかさ、そして美しさを知る者は、ルートヴィヒを突き放しては見られない映画である。
続きを読むヘンリー・カウ50周年ボックス『 REDUX: THE COMPLETE HENRY COW BOX ~』(50th Anniversary)は買いか否か?
本記事では、ヘンリー・カウの結成50周年記念で発売されたボックス・セットについて簡単に紹介したいと思います。少ないながらも、同じく気になっている人の購入の目安になればと思います。
Henry Cow Box Redux: The Complete Henry Cow
- アーティスト:Henry Cow
- 出版社/メーカー: Rer Megacorp
- 発売日: 2019/12/13
- メディア: CD
「童貞の怠け息子を甘やかすとヒトラーになりますよ・・・」『我が闘争ーー若き日のアドルフ・ヒトラー』(ドイツ映画)
2009年ドイツ映画 原題„Mein Kampf“
ジョージ・タボリによる劇作品『我が闘争』の映画化。原作とは大筋では一緒だが、演出などは異なるようである。主演はトム・シリング。『コーヒーをめぐる冒険』で各賞を受賞したドイツのスター俳優。
アマゾン・プライムで視聴可能。レビューはかなりの不評。
ちなみにドイツ本国でも批評家などから不評。一般の反応は知らないが、おそらく不評。
いい部分はないか、ポイントはなんなのか探しながら見てみた。
映画で強調されるポイント
・ 童貞としての青年ヒトラー、彼の「純潔」への妄執
・ 怠惰さと大言壮語
面白いところ
・ユダヤ人が「ヤバイ青年」をのちのヒトラーに育て上げたとしたら・・・という設定
「奥手な芸大落第生」が「あのヒトラー」になった理由の一つの説明としては面白い・・・かもしれない。
ヒトラーをかっこいいと思っている人(いるとして)は見たら嫌な気持ちになるだろう。そこまででなくても『帰ってきたヒトラー』を見て、政治家としてはかっこいいかもと思ってしまった方は、これを見て中和してもいいかもしれない。
この映画もヒトラーの生い立ちまでは、事実を踏まえているので、その意味では参考になる。どこまでが事実を踏まえていて、どこからフィクションかを整理しながら、以下で詳しく内容を見ていく。
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話題作『ありがとうトニ・エルドマン』−−なぜこの映画が素晴らしいのかを解説。主演ザンドラ・ヒュラー。
2016年ドイツ映画 原題 Toni Erdmann
評価が分かれるだろう作品だが、個人的には久々の衝撃作で星5つ。
要点をまとめると
・コメディでもハートフル・ドラマでもない。
・ブラック・コメディでもない
・荒涼たる仮面世界から素顔に立ち戻る瞬間の素晴らしさを主演のザンドラ・ヒュラーが演じきったところがすごい。
・監督は、辛辣な人間観察に優れたアーデン・マレ
以下、少し詳しく書きます。
続きを読む黒人活動家とKKKメンバーの闘い 米映画『ベスト・オブ・エネミーズ』(日本劇場未上映作品)
今回紹介するのは日本劇場未公開映画『ベスト・オブ・エネミーズ』
Amazon Primeでレンタル可能です。
アメリカでも2019年公開。飛行機でみました。実話ベースの良作。
舞台は1971年のアメリカ、ノースカロライナ州で当時黒人、白人の隔離政策がとられていました。
主人公は二人、黒人の公民権運動を進める黒人女性と、KKK会員の白人男性。
黒人が通う学校が火事になったことから、白人の学校への転校が議論される中で二人が次第に議論を交わしていく。
Wikipediaを見るとアメリカではそれほど評価されていないようですが、十分に観る価値のある良作です。
ベスト・オブ・エネミーズ -価値ある闘い- - Wikipedia
当時のKKKの雰囲気などが描かれていて面白いです。話も聞こうとしない敵だった二人が次第に「対話」するようになる過程はまさに「価値ある闘い」です。
実話ベースの映画です。必見!
アイヒマンを逃さなかった検事フリッツ・バウアー ドイツ映画2本
本記事で紹介するのは次の二本。
2015年、劇場上映作 105分
2016年のテレビ映画 93分
どちらもパッケージは地味な感じですが、とてもスリリングな政治的ドラマです。第二次大戦後のドイツが舞台です。どちらもamazon prime会員だと無料で見れます。
面白い作品なのですが、多少予備知識がないと十分に楽しめないかもしれません。ということでおせっかいながら、簡単な解説をネタバレしない程度にしたいと思います。少し長いですが、次のような内容です。
1 はじめに
・アドルフ・アイヒマンとは
・アイヒマン追跡検事 フリッツ・バウアー
2 歴史的背景
・ アイヒマン裁判:西ドイツの政権にとって脅威
・ モサドとの協力:国家反逆罪
・「刑法175条」 :同性愛=犯罪
3 見所 どちらも「相棒」もの
・ナイーヴな相棒の「女」との接触
・ 政治劇としての緊張感と「刑法175条」が鍵
3-2『検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男』
・歯に衣きせぬ相棒、政治的背景がよくわかるつくり。
・ユダヤ人としてのバウアーに焦点
4 おわりに オススメはどっち?
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完璧なモラハラ夫 ファスビンダー『マルタ』
『マルタ』原題も„Martha“ 主人公の名前である。苗字ではない。
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品で劇場上映ではなくテレビ映画(1974年)
象徴的なのだが、父とローマを旅行中に、その優しい父が急死して、マルタが狼狽する中で財布まで盗まれる。楽しい旅行からの全くの無力。
大使館にかけこんでなんとかしようとする中、「運命の男性」とすれ違う。遭遇のシーンは必見。
なんとか故郷へ戻った後で、この男と再会して結婚する。マルタはプロポーズされ涙する。
以下ネタバレも多少あり。見ても映画は楽しめると思います。
結婚後が作品の本体。マルタの結婚は安寧を約束されたゴールではなく、地獄の始まりである。荒っぽくまとめると、この男が今でいうモラハラ男でマルタを思い通りの妻へと「調教」して苛んでいく。
マルタは司書をしていて、教養もある育ちの良い女性である。父がいたならば経済的にはたぶん働かなくてもよいだろう、いいところの「娘さん」(アラサー)であった。
マルタは結婚後は仕事も禁止され、性的な強要も受、好きな音楽も聞けずに憔悴していく。
文化的な「劣位」にさらされるときの惨めさを演出してファスビンダーの右に出るものはいない。
マルタを否定した後のヘルムートがみせつける「優位」は、人間の平等を前提とするなら、常軌を逸している。
当時はモラル・ハラスメントという言葉はなかったと思われるが、ヘルムートはすでに完璧なモラハラ男である。金もあって「趣味も良い」だけに完璧である。「こうするのが当たり前なのだ」「私の感覚が普通でお前の感覚は劣っているのだ」という「教育」の残酷さを完璧に提示している。
ファスビンダーは『マルタ』や『自由の代償』で、人が人に対して絶対するべきではない些細だが絶対的に非人間的行為を提示している。反面教師である。演出は非常にわかりやすく教育的といっていい。
日本ではソフト化されていないが、昨年早稲田松竹でやっていた。
ファスビンダー作品は今でもファンも多く、どこかでたまに上映されてるので、みつけたら必見!
ソフトを買うならアメリカ版が英字幕つきなのでオススメ。
『マルタ』と『13回の新月のある年に』の二枚組
ちなみに『自由の代償』はモラハラだけにとどまらない残酷な名作
いずれこれについてはまた書きます。
ちなみにファスビンダー自身は実生活では大体において「搾取者」だったというような噂もある。だとすると映画で贖罪しているのかと思われるが、どうなんだろう。興味がつきない人物です。
まだ読んでいないが、こんなのが出ています。