メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

アイヒマンを逃さなかった検事フリッツ・バウアー ドイツ映画2本

本記事で紹介するのは次の二本。

 

 2015年、劇場上映作 105分 

 

 

 2016年のテレビ映画 93分

どちらもパッケージは地味な感じですが、とてもスリリングな政治的ドラマです。第二次大戦後のドイツが舞台です。どちらもamazon prime会員だと無料で見れます。

 

面白い作品なのですが、多少予備知識がないと十分に楽しめないかもしれません。ということでおせっかいながら、簡単な解説をネタバレしない程度にしたいと思います。少し長いですが、次のような内容です。

 

1 はじめに 

・アドルフ・アイヒマンとは

アイヒマン追跡検事 フリッツ・バウアー

2 歴史的背景

  ・ アイヒマン裁判:西ドイツの政権にとって脅威

   モサドとの協力:国家反逆罪

  「刑法175条」  :同性愛=犯罪

3 見所 どちらも「相棒」もの

3-1 『アイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男』 

 ・ナイーヴな相棒の「女」との接触 

 ・ 政治劇としての緊張感と「刑法175条」が鍵

3-2『検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男』

    ・歯に衣きせぬ相棒、政治的背景がよくわかるつくり。

 ユダヤ人としてのバウアーに焦点 

4 おわりに オススメはどっち?

 

 

1 はじめに 

アドルフ・アイヒマンとは

アドルフ・アイヒマンナチスユダヤ人移送官吏だった。戦後彼はアルゼンチンで素性を隠して家族と暮らしていた。1960年、イスラエル諜報機関モサドに拉致され、イスラエルで裁判にかけられ1962年絞首刑で死んだ。

アイヒマン裁判をもとに「悪の陳腐さ」を論じた思想家ハンナ・アーレントについては近年映画化されて話題になった。

ハンナ・アーレント(字幕版)

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  • 発売日: 2014/09/02
  • メディア: Prime Video
 

 

アーレントは日本でも有名ですが、そもそものアイヒマン発見の立役者であるフリッツ・バウアーはあまり知られていません(例えばWikipediaに記事がありません)。映画のネタバレにならない範囲で、バウアーについて簡単に紹介をしたいと思います。

 

フリッツ・バウアー:アイヒマンを追った検事

バウアーはユダヤ系ドイツ人で法律家。社会民主党ナチス時代はデンマークに亡命しています。戦後西ドイツで検事を務めます。ナチスアウシュヴィッツ収容所での犯罪を裁いた裁判(1963年〜65年)での活躍が生前一番大きな仕事です。次に歴史的背景をもう少し。

 

2 当時の歴史的背景

アイヒマン裁判:西ドイツの政権にとって脅威 

西ドイツでは法律家も含めて政治家、警察、行政官僚まで元ナチスが復帰していました。アイヒマンを逮捕しドイツで裁判したとすれば、アイヒマンと近かった元ナチスも名前があがらざるをえず、カレラも無事ではいられません。当時のアデナウアー政権中枢には元ナチス官房長官グロプケがいたため、アイヒマン裁判は政権にも大きなダメージになります。

 

モサドとの協力:国家反逆罪

バウアーは、アイヒマンの捜索にあたってイスラエル諜報機関モサドと関わっていましたが、これがスパイ行為、国家反逆罪にあたり、公になるとバウアーにとってまずいことになります。

 

・「刑法175条」:同性愛=犯罪

西ドイツでは「同性愛」が割と最近まで刑法で裁かれる犯罪でした。単に差別されるなどだけでなく、「良俗をみだす」ということで同性との性行為が明らかになった場合禁固刑や罰金刑などが課されました。

ちなみにナチスは第二次大戦時の最中は、ユダヤ人、ロマ、コミュニスト、犯罪者の他、同性愛者も収容所送りにしていました。

 

3「相棒」が鍵

二つの映画ではどちらもバウアーの部下が「相棒」としてドラマを盛り上げる役割を担います。

日本のドラマでは「相棒」が犯人だったシリーズがあって驚きがありました。今日紹介の二本はどちらも「相棒」の秘密がドラマの中心にあります。

 

ネタバレになるので、相棒の紹介とみどころだけ書きます。

 

アイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男』

 2015年作 原題は„Der Staat gegen Fritz Bauer“ (国家対フリッツ・バウアー)

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2015年ドイツ上映。原題は„Der Staat gegen Fritz Bauer“(国家vsフリッツ・バウアー)

・「相棒」:ガタいがよくて少しナイーヴそうな雰囲気もある相棒。

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左:フリッツ・バウアー 右:部下の検事カール・アンゲルマン

 バウアーは検事長で、多くの部下がいますが、「相棒」になるのはその中の一人。彼の妻は子供を欲しがっています。妻の家族は保守的。

劇中では上記の刑法175条に関わる裁判(同性愛裁判)で検事を担当しています。裁判のときに傍聴席にいた女性から名刺を渡されて、そこから作品の鍵となる大きな出来事が起こります。詳しくは書きませんが、興味をそそる展開です。

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閉廷後、名刺を渡される場面。

 ・政治劇としての緊張感と刑法175条(同性愛行為:犯罪)

本筋にあるのは政治劇です。モサドとの接触場面や政権側との心理戦など緊張感があってスリリングです。

 

おそらく政治劇だけだと堅苦しいものになるところを、相棒と女性のエピソードを上手くからめつつ、バウアーと相棒とのつながり、「正義を貫く意志」の継承という本作のメッセージも生み出されていて、感心しました。

 

続いて二つ目 

『検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男』

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2016年のテレビドラマ。原題„die Akte General“(直訳:書類 検事長

こちらの方はテレビ映画ということもあってか、比較的説明的です。「説明的」なのが上手くいっていると思います。上で書いたポイントについても割とセリフで説明してくれるので、流れがわかります。特に政治的な対立構造などのわかりやすさでは、こちらに軍配。

ちなみにドイツでは、テレビ局がけっこう力を入れて、テレビ映画をつくっています。NHKが力を入れて作った2時間ドラマよりもちょっと良質くらいの作品が多いです。テレビ局は基本的にPCを尊重しますので、「ドイツの公式見解」としても参照に値します。

 

こちらの作品の「相棒」は歯に衣きせずに意見を言うタイプ。バウアーとは比較的早くからうちとけます。新婚。

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部下:ヨアヒム・ヘル 霜降り明星のボケ担当に少し似ています。


こちらも「相棒」の秘密が重要になる点は同じですが、原題にあるように「書類」に関わるものです。

こちらの映画では、 アイヒマンがつかまったあとの出来事、アイヒマン裁判とアウシュヴィッツ裁判にいたるまでの過程も描かれます。グロプケを裁判にかけられるか否かというせめぎ合いはなかなかスリリング。東ドイツとのやりとり、イスラエルでのシーンなども面白いです。

ほぼ政治一本筋の映画ですが、歴史劇政治劇という観点でいえば、こちらの方が一貫しています。ラストはこちらも「相棒」が鍵を握ります。

 

ユダヤ人としてのバウアー

こちらの作品では、バウアーがユダヤ人であることと、彼の反ユダヤ的感情への危惧の描写にかなり力が入っています。戦後ドイツのナチスの残存、反ユダヤ感情の水面下での継続などを強調しています。

 

 

・おわりに オススメはどっち?

どちらの映画でもバウアーの「過去の克服の意志は後世にはっきり伝達しないといけない」という思想がよく伝わります。なのでバウアーものとしてはどちらもおすすめですが、

 

・政治劇としてなら『検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男』

・映画の色気も求めるならアイヒマンを追え! ナチスが最も畏れた男』

 

がおすすめです。どちらも良作!