メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

今更ながら 『ヒトラー 最期の12日間』人物整理プラスアルファ

2004年ドイツ映画 原題 „Der Untergang“ (『没落』)

オリヴァー・ヒルシュピーゲル監督、ブルーノ・ガンツ主演

 

ヒトラー 最期の12日間 [DVD]

ヒトラー 最期の12日間 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ギャガ
  • 発売日: 2015/07/02
  • メディア: DVD
 

 

ユーチューブでいじられまくってることでも有名なヒトラーのわめくシーンでおなじみのこの映画について書きます。『帰ってきたヒトラー』や『アイアン・スカイ』でもパロディがみられます。

 

本記事では、主に映画の重要登場人物について整理しています。莫大な数の人物が出てきますが、映画内では最低限の説明しかされないので、混乱する視聴者も多いと思います。見る前、見た後の整理用に参考にしていただければ幸いです。今回ネタバレはないように記述しています。

 

 

1 映画の原作、扱う時期について

この映画はヒトラーの秘書だったトラウデル・ユンゲの回想録が映画の原作で、映画もまだ生きていた彼女の話、彼女が秘書に採用される場面から始まる。

 

私はヒトラーの秘書だった

私はヒトラーの秘書だった

 

 

その後、時は1945年4月20日ヒトラー最期の誕生日にとぶ。ベルリンはすでにソ連軍に包囲され、敗色濃厚。爆撃が飛び交う中、ヒトラーらが地下の巨大防空壕で過ごした最期の日々が描かれる。ヒトラーが自殺する4月30日を経て、5月2日に無条件降伏がなされるあたりまでが描かれる。邦題の12日間もどこからどこまでを指しているのがやや不明。映画で描かれるのは概ね記録された発言や回想に沿っている。一部時系列や出来事の細部の変更、性格描写の脚色はあるが、おおむね事実と受け取ってそんなに問題ない映画である。

 

1 役者、登場人物紹介

トラウデル・ユンゲ

原作者でオープニングとエンディングでも語りで現れるユンゲ秘書は、劇中ではアレクサンドラ・マリア・ララが演じる。とても美しい。

コッポラの『胡蝶の夢』や『愛を読む人』などにも出てるので、見たことある方も多いはず。

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アレクサンドラ・マリア・ララルーマニア生まれ、西ドイツ育ち。映画の一シーンより。

アードルフ・ヒトラー

ヒトラー役は名優ブルーノ・ガンツ

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ベルリン・天使の詩』はじめ多くの映画で知られるブルーノ・ガンツヒトラー役 映画の一シーンより

映画でのヒトラーのキャラクターについて

1 優しげなところもある。

映画では秘書たちや愛人エーファ・ブラウンには優しいが、それ以外は何も思い通りにいかなくてわめいているボロボロのおじさんである。部下に関してはきっちり命令をこなす実直な者へは労いの言葉をかけたりもする。

悪魔化して描かずに、人間的な側面も描いているので、公開当初批判もあった。エーファ・ブラウンや女性秘書たちなどのヒトラーへの信奉も描かれるので、ぼーっと見ているとやはり魅力はあったのかなあとうっかり思ってしまうかもしれないが、指揮官、政治家としてダメだったことはよくわかるように描かれている。

 

2 指揮官、政治家としてはダメということは強調

ヒトラーが指揮官としていかにダメだったかはこの映画ではそれほど描かれないが、戦争は軍人に任せればいいものを、自ら指揮したことでたびたび失敗している。映画で描かれるのは、そういった無謀な戦争の道連れにしながら、「国民のことなど知るか・・・滅びるとすれば自然淘汰だ・・・自業自得だ」といったことを呟き続ける指導者である。指示した国民が悪いという話もあるが、いずれにせよ「こんな人だとわかっていたら支持しなかった」というような指導者である。

3 手の震えは・・・

映画では特に説明されないが、ヒトラーは数年来パーキンソン病にかかっており、そのため手が震えている。知らないで見たときは独特のクセかと思った。このときのヒトラーは前年に暗殺未遂で鼓膜が破れたり、黄疸で倒れたりしてボロボロ・ヨボヨボの状態である。ボロボロながらもユダヤ人と「赤」を罵りながら、自殺へと向かうヒトラーがこの映画の主役である。 

 

親衛隊および軍人たち

主な登場人物は国防軍将官たち、ゲッベルスナチス幹部(SS)たちであるが、彼らはおおむね3タイプにわけられると思う。

・保身型 

たくさん出てくるがSS長官ヒムラーおよび、ヒムラーの部下であり、エーファ・ブラウンの義弟でもあるフェーゲラインが代表格。ヒムラーは連合国への降伏の道を探り、ヒトラーを激昂させる。フェーゲラインも逃亡を準備している。この人たちは、例えば秘書たちから唾棄され、他の将官から出世主義者とののしられ、映画でも好意的に描かれないが、この時期のヒトラーについていこうというのがそもそもかなり狂った選択なので、保身型の描き方はややかわいそうなきもする。

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左:ヒムラー、右:フェーゲライン。映画より。どちらもズルそうである。

・自暴自棄

ヒトラーへの忠誠はないわけではないが、身動きのとれなくなった呑んだくれたちである。どこか憎めない。

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左:ブルクドルフ、右:クレープス。よく呑んでいる。映画より。

 ブルクドルフ役のユストゥス・フォン・ドホナーニは、ヒルシュピーゲル出世作『es エス』でも、ヤバい看守の役で出ていた。生まれが良い役者だが、クセのある役や憎まれ役が多い。

 

・実直な任務遂行型

ヒトラーの判断はおかしいとは思っているが、軍人としての任務を果たすことに集中しようとしているタイプ。

親衛隊ではモーンケ、国防軍ではヴァイトリング。

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手前:ヴァイトリング、中:モーンケ。ヴァイトリングは実直を絵に描いたような国防軍軍人、モーンケはたまにゲッベルスに見間違うが、冷静に仕事に従事するSS。映画より

映画のキーパーソン

映画の構成上特に重要な人物たち。

1 シェンク教授(親衛隊所属の医師)

2 シュペーアナチスの建築家)

3 ゲッベルス夫妻

 

1 シェンク教授について

この人は実在の人物でSS所属だが、映画では医師、教授という点が強調されていて妙に良心的。打ち捨てられた病人たちや負傷した兵・民間人の間を走り回るシーンが多い。最初フィクションのキャラクターと思うが、SSだった。映画ではナチス幹部との対比でドイツ国民の悲惨をみせようとしているが、その間をつなぐ役。

演じたクリスティアン・ベルケルは、ヒルシュピーゲルの前作『es エス』でもキーパーソンだった。シェンクは実際は人体実験とかもしてた医師らしいが、映画ではかっこいい役です。

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映画より、シェンク教授(手前)。内科医なので手術はしません。

2 シュペーア

ナチスの建築家として有名な人物で軍需大臣を務めていた。ヒトラーは趣味がいいとはいえない芸術愛好家だったが、彼とシュペーアナチス芸術の未来を熱く語り合った仲。ヒトラーを信奉しつつも、「国民はどうなります」と苦言もしっかり言う。防空壕から脱出するが、その前に挨拶に現れたりと義理堅さは印象付けており、エーファ・ブラウンからも信頼されていた。観客に好かれるだろうキャラクター。

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左:エーファ・ブラウン、右:シュペーア。映画より。

シュペーアニュルンベルク裁判で20年の懲役にはなったが、出所して、自分とヒトラーの関係などについて出版したりもして自己弁護できた人である。シュペーアに限らず、この映画では生き残った人物に関してはわりとポジティヴな描かれ方をしているような気がする。

シュペーアについてはネタが豊富なこともあってか、ドラマ化されることもおおい。ドイツのテレビ・ドラマが、日本でもソフト化されている。第1話しかみれていないが、ヒトラーシュペーアの夢語りのシーンが面白い。レンタルであればみたいところ。買うと高い。

ヒトラーの建築家 アルベルト・シュペーア DVD-BOX
 

 

3 ゲッベルス夫妻

印象だけで言えばヒトラーを喰っているかもしれないこの夫妻。子沢山(1男、5女)。妻もヒトラーと親しく、防空壕には夫妻の寝室も用意されていた。ゲッベルスヒトラーおよび自分も含めたナチス神話を大事にしており、死後、神話の一部となることを願っていたとされる。映画では、そこまで詳しく描かれないが、その分謎めいていて印象深い。ゲッベルスは顔だけで強烈。

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ゲッベルス役のウルリヒ・マテスは本物よりかなり長身。それより顔がすごい。映画より。

 

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防空壕の図面。ヒトラーとエーファ以外ではゲッベルス夫妻のみ部屋がある。『アードルフ・ヒトラー:独裁者の人生行路』334頁より引用。

おわりに
まだまだ味のある人物が出てきますが、さしあたりこのへんの人物をおさえておくとすんなりみれるかと思います。ナチスマニアはけっこういるようで、細かい人物でもWikipediaに項目がだいたいあります。

 

記事を書く際参考にしたのは次の本です。

 

アードルフ・ヒトラー: 独裁者の人生行路

アードルフ・ヒトラー: 独裁者の人生行路

 

 ドイツの青少年向けに書かれた本。少し硬いですが、読みやすい内容です。脱字などがたまにありますが、許容範囲。『ヒトラー 最期の12日間』については、「ヒトラーに同情さえもってよいという印象」を与えた映画として、多少批判的に言及しています。個人的には、きっちり見れば視聴者もヒトラーに同情はしないと思いますが、言わんとすることはわかります。

 

ヒトラー 最期の12日間』は2020年2月15日現在アマゾンプライムビデオで視聴可能です。

 

 

 

上の本を読んでて思ったこともついでながら最期に書いときます。

 

ヒトラー国民にいいことをした論」の一面性 

ヒトラーの悪を相対化するときに、ユダヤ人排除と虐殺はおいておくとしても、ドイツ人のことは真剣に考え、実際それまでの不況にあえぐ状態から、回復させたというような話がされる場合がある。

たしかにアウトバーンの建設、フォルクスワーゲン(=「大衆車」の意)などに象徴される産業育成は、現在のドイツの繁栄とも無縁ではない。フォルクスワーゲンへの投資は、しかし、軍事利用を視野にいれたものであり、ナチスの産業振興は財政出動(1933年で国家財政の6倍)による軍需産業の復興と戦争準備に連動していた。賃金はそこまであがらなかったが休暇は増え、ドイツ人の社会福祉も一時期充実した。軍需産業投資、インフラ投資によって雇用を生み出し1936年には「完全雇用」が達成される。『アードルフ・ヒトラー:独裁者の人生行路』160-164頁参照。

 

だが、無謀な財政出動によるこの「経済の奇跡」は、どこかから収奪することなしには、続けるべくもなく「生存圏」の拡大以外の道を閉ざすものだった。フランスのラインラントを取り返し、オーストリアチェコを併合した勢いでポーランドに侵攻し、第二次大戦の幕が開ける。完全雇用された国民は、そのまま第二次大戦へと総動員され、ヒトラー体制ともども没落を余儀なくされた。政治にうまい話は存在しない。同上182-190頁、214頁以下を参照。