メナーデのドイツ映画八十八ケ所巡礼

メナーデとは酒と狂乱の神ディオニュソスを崇める巫女のことです。本ブログではドイツ映画を中心に一人のメナーデ(男ですが)が映画について語ります。独断に満ちていますが、基本冷静です(たまにメナーデらしく狂乱)。まずは88本を目指していきます。最近は止まっていましたが、気が向いたときに書いております。

ドイツ映画『50年後のボクたちは』 変な奴と友達になることのかけがえのなさ

アマゾンプライムスターチャンネルで視聴。

ドイツのベストセラー『チック Tschick』の映画化、原題もTscick

 

ちょっと「サイコ」な主人公が、もっとエキセントリックな転校生チック(ロシアからの転校生でアジア系)と友達になって一夏車でぶっ飛んだ経験をするロード・ムーヴィー。変な奴と一緒にいることから生じた冒険、初恋、反逆、そして少しの自立。

 

50年後のボクたちは (字幕版)

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なんとなく見たあとで気づいたが監督はファティ・アキン(トルコ系のドイツ人監督、若い頃から活躍してて最近ではベテラン名監督)。

 

ファティ・アキンはこれまでもロード・ムーヴィーを撮っている。

 

 

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こちらはドイツ映画界のスター、モーリッツ・ブライプトロイ主演。

冴えない感じの数学教師が、彼に運命を見出した女性と、イスタンブールへの旅に出ることになって・・・といった話。だいぶ前にみたので細部は忘れたが、ヒロインの笑顔が素敵なのと、トラックのおっさんはじめ、脇役も含め演技が光る良作だった。

 

太陽に恋して』でも、主人公がこれまでつくってきた壁が異国への旅の中でくずれていくのが描かれているように、ファティ・アキンは「越境」や多様性の肯定をテーマにすることが多い。

 

『チック』もその例にもれない。アマゾンのレヴューで今更青春映画をとられてもみたいな感想があったが、単なる青春映画ではなく、「変な奴」との遭遇によって自分が少し変わるというのが本作のテーマである。

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左:主人公、右:チック。

 

ちなみに日本版ではタイトルも変わっていて、旅の途中で会う女の子もパッケージに出ているので、「三人の話」だと勘違いする人も多いかもしれないが、基本的にはチックと「僕」の話で、女の子は重要だけどメインの一人ではない。

昔『ゴースト・ワールド』でも、ソーラ・バーチの自分探しでは売れないと思ったのか、スカーレット・ヨハンソンとの二人の話ということで売り出そうとしていたが、ああいうのは観客を舐めてるとしか思えない。映画自体は本当にいいんだから、観客を信頼すべきである。あと、原作コミックもおすすめ。

 

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脱線したが、チックの売り方に関しては、タイトルも日本で『チック』だと意味がわからないし(ドイツでは原作がベストセラーだから大丈夫)、なんとなく広がりもあっていいようにも思える。

 

また脱線するが、ファティ・アキンの映画はけっこう邦題をつけるのに苦心するものが多そうである。

邦題『女は二度決断する』 

 

女は二度決断する(字幕版)

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原題 „aus dem nichts“(直訳 無から)

原題は„aus nichts wird nichts“ =無からは何も生じないとか、aus dem Nichts schaffen(神が)無から創造するみたいな語句を念頭においたタイトルだと思うが、邦題が『無から』では意味がわからないし、『女は二度決断する』で、ダイアン・クルーガーがドーンとでている方が間違いなく売れるだろう。ただ、二度決断するっていうタイトルに縛られて、どこで二回決断するのかみたいな見方になっちゃうのでやはり問題あり。

ちなみに、この映画は年少の友人たちと観に行った。ファティ・アキンは重いテーマでもエンタテイメントに落とし込む人だと思ってたので、重いとはいえ、楽しめるだろうと思って気軽に連れていった。しかしひたすら辛いことを突きつけられる内容で、友人たちはショックを受けたようだった。裁判のテーマは日本ではわかりづらいかもしれない。捜査の怠慢だけでなく「推定無罪」がネオナチをのばなしにしかねないというメッセージ、差別主義者に対しては予防的に動くべきというメッセージがあるように思うが、このあたりは議論になりうるところだろう。問題作である。

 

愛より強く』は原題„gegen die Wand“ (直訳 壁に向かって )

愛より強く スペシャル・エディション [DVD]

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壁は冒頭のシーンから始まって、トルコ系女性がぶつかる壁までを指しているのは明らかで、社会構造の批判になっている。『愛より強く』だと、『ベティ・ブルー』みたいな映画と思っちゃうのではないだろうか。

 

他にも、『消えた声が、その名を呼ぶ』(„the cut“)とか、苦心したろうなあと思わされるものがまだありますが、それはまた書きたいと思います。

 

『50年後のボクたちは』にようやく話を戻すと、変な奴に触発されて、自分が自分でいられるように少し変わったっていう話です。「変なやつも含めて、みんなが一つの目標に向かって青春した」系の話ではなく、道はすれちがったまんまだけど、一緒にいたこともあったし、それでお互いを認め合えたらいいじゃないという多様性肯定がメッセージになると思います。主人公の母親もいい感じです。父親は嫌な感じだけど憎めない。ティーンエイジャーはけっこう触発されるし、しんどい人は楽になるんじゃないだろうかと思います。変な奴と仲良くなった思い出がある人は、懐かしくて泣いてしまうと思います。ということでオススメです(ウタマル風)。

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