輸入過程でジャンルが変わる。ドイツ映画『熟れた快楽』(原題『輝く幸福』)。神を見失った不眠症の主婦とややサイコな脳科学教授の不倫
『熟れた快楽』2016年ドイツ作品。原題 „Gleißendes Glück“ (『輝く幸福』)
101分。スヴェン・タディッケン監督、マルティナ・ゲデック主演。
マルティナ・ゲデック目当てでU-Nextにあったので見た。
ジャンル違いの輸入
ドイツ映画で日本に入ってくるのはおおまかにいって4種類。
1 ドイツ性を強く帯びた作品。ナチスや収容所などの負の歴史と向き合うものをドイツでは国際的に売ることも視野によくつくっている。
2 フィルム・フェスティヴァルで受賞したり、監督が有名になったりしていて、一定の評価が保証されているアートよりの作品。
3 ドイツ国内で大ヒットして、ハリウッドなどにも注目された作品。
4 ジャンルもの(エロス、スリラー、アクションなど)
少し古いが2000年代のドイツ国内の映画配給市場ではドイツ映画は全体の10-20%を占める。70-80%がハリウッド作品、その他諸国が5%ほど。*1
今回紹介する『熟れた快楽』は官能・エロスものとして輸入されている。「熟してこそ辿り着ける本物の愛とセックスを描いた濃密な熟年エロス」という謳い文句が、DVDパッケージには書かれていて、レンタル屋では官能・エロスコーナーに置かれている。
だが、もともとはそういった官能ジャンルものではない。原作小説は、A. L. Kennedyというイギリス(スコットランド)の女性作家のOriginal Bliss。それなりに有名らしいが日本では翻訳もなくあまり知られていない。ハイカルチャーとしての権威は与えられていないが、ハーレクインのような通俗性はない中間領域の位置付けかと思われる。
内容は、熟年エロス自体がテーマというよりは、中年女性の自分探しが核。エロスは当然切り離せないということでエロスが付いてくる。相手のパーソナリティーも後述するようにけっこう込み入っており、結婚生活とは幸福とはみたいなことが問われてくる内容。
製作はテレビ局であり、NHKが本腰を入れて大人向けにつくった2時間ドラマのような位置付けだが、ドイツではテレビ放映ものも映画祭に出されたりして、一回放映だけでなく、パッケージ化もするものが多い。
なので、ジャンルものとしてのエロスを期待すると、げんなりする作品。
だが意外と興味深い内容だったので、以下でまとめと簡単に考察。
あえて見る人もそんなにいない映画だと思いますのでネタバレも気にせずに。
ドラマのつくり、導入部分
主演のマルティナ・ゲデックは実年齢56くらい。相変わらずきれいではあるが、年はとっている。役は50前後くらいか。
101分だが、途中場面が変わるごとにタイトルがつけられていてわかりやすい。
例えば第1章は„Wo bist du?“(あなたはどこにいる?)のタイトルで、ヘレーネが信仰、あるいは自分の生活の目標を見失っており、毎日不眠状態にあることが描かれる。夫は妻に呆れており、普段は穏やかにしているが、ときに爆発してDVにまでいたる。タイトルは「神への呼びかけ」あるいは、自分への呼びかけともとれる。
第2章は„Neue Kybernetik“ (新しい指導原理)のタイトルで、脳科学者のエドゥアルト・グルックにヘレーネが接近する様が描かれる「現実は思考によって操れる」と主張するエドゥアルトの講演に向い、個人的に話をする。彼もヘレーネに関心をもち、食事をする。
以下も章立てがなされて、どんな内容か区切られているので内容理解しやすい。
相手もサイコ
ハイソで自信ありげなエードゥアルトに、少し翻弄されるような形で惹かれていくヘレーネ。しかし、誘われて入った彼の部屋でパソコン画面にポルノ画像を発見して驚愕する。エードゥアルトはポルノ依存症の研究をしている、と言うのだが、その後自身もポルノ依存症になっていることを告げる。
官能部分はそれほど濃厚ではないが、エードゥアルトが息を荒くしながら自らの自慰性癖などについて語り出すくだりがなかなか衝撃的。 夫も含めて、男達がだいたいイカれている。
最初はメンターになるかと思われたエードゥアルトだが、むしろヘレーネが彼のカウンセラーのようになり、彼からの禁欲記録報告を受け取る関係が続く。これが夫にバレて事件になって、話はクライマックスへと向かう・・・という展開。
まとめ
全体として、必ずしも明確な答えや教訓があるわけではないが、夫婦、恋人関係においては、不安や恥を隠して怒りで表現するよりも、恥部を晒して向き合ったほうが良い的な方向性が示されて終わる。
ポルノ依存と夫のDV描写がややサイコだが、それ以外はまあまあ普通の人間関係ドラマ。官能を期待するとずれているが、ポルノ依存の話題はそれなりにショッキングなので当たらずも遠からずか。
いずれにせよ、輸入の過程で売り方が変わったりジャンルが変わったりする例の典型作です。
U-Nextで無料視聴可能です。
エロスコーナーのドイツ映画
ちなみに知ってる範囲で、エロスコーナーにあるドイツ映画を紹介。
これは禁断の愛もの。エロは控えめ。 たぶんテレビ映画。
これは少女堕落の危険もの。これもそれほどエロではなく、エロプラス社会派くらい。これもたぶんテレビ映画。
エロスコーナーにおけそうなものを適当に安く仕入れる会社があるんでしょう。
*1:ザビーネ・ハーケ『ドイツ映画』2010年、288頁